例えば画家は目の前のリンゴをそのまま描いているわけではありません。「自分にとってリンゴがどう見えているのか」という事を、絵を使って表現しているのです。絵のタッチなどのテクニック的な部分も個性ではありますが、根本的な個性はものの捉え方に宿るのです。
例えば、サルバドール・ダリという画家を知っていますか?
ダリは「記憶の固執」という絵画で、ぐにゃぐにゃに溶けている時計を描きました。進む時間が溶けていくカマンベールチーズに見えたそうです。
音楽家の場合も同じです。例えばベートベンは「運命が扉をノックする音」を交響曲で表現しています。
俳優の場合、登場人物を創造しますね。「登場人物を俳優であるあなたがどのように見ているのか?」これが俳優としての個性になります。
さらに「演じる登場人物は世界をどのように見ているのか?」という事は、役作りをする上で大事な考え方です。
ということで今回は
登場人物の見識(=ポイント・オブ・ヴュー)
について解説したいと思います。
ポイント・オブ・ヴュー 4つの具体的な見解を設定しよう
これまで役の目的や障害について解説してきました。是非そちらも参考にしてほしいのですが 演技とは想像上の世界で真実に生きる能力言い換えれば想像上の世界で真実に行動する能力であるという事を以前ご紹介しました。 Acting is doingまだ読んでいない方はこち[…] これまで登場人物の欲求について解説してきました。まだ見ていない方は、そちらから先にご覧ください。[embed]https://actingnote.com/character1-225.html[/embed]欲求については理解[…]
台本をもらって次に取り組んでもらいたいのが、今回のポイント・オブ・ヴューという考え方になります。
台本に目を通したら
- 人
- 物
- 場所
- 出来事
この4つについての見識を設定しましょう。
ポイント・オブ・ビューとは?具体例を使って解説
ポイント・オブ・ヴューというのは、日本語に直訳すると「見識」とか「見解」というような意味になります。つまりは冒頭で話題に上がっていた「ものの見方」の事ですね。
例えば一般的な人にとって真っ赤な鮮血に対するポイント・オブ・ヴューは「気持ち悪い」とか「怖い」でしょう。しかし猟奇殺人の犯人にとって、真っ赤な鮮血に対するポイント・オブ・ヴューは「興奮」かもしれませんよね?
我々はそれぞれにポイント・オブ・ヴューを持っています。しかし普段は意識していないので自分自身でさえも自分のポイント・オブ・ヴューに無自覚です。
役を演じるにあたっては、登場人物本人よりも登場人物について理解している必要があるのです。
ポイント・オブ・ヴューを考える時の注意点
ポイント・オブ・ヴューは、常に固定されたものではありません。
例えば、自分の部屋でゴロゴロしていたとしましょう。その時、机の上をゴキブリが歩いているのを見てしまいました。慌てて殺虫剤を持ってきましたが、その時にはすでにゴキブリの姿はありません。
この時あなたの自分の部屋に対するポイント・オブ・ヴューは「リラックス」から「恐怖」に変わっています。
ポイント・オブ・ヴューが「リラックス」だった時とは、自分の部屋との関係性が全く変わるのがわかると思います。
これは演じるときも同じです。
シーン1で「愛しい」と言うポイント・オブ・ヴューだったとしても、次のシーンでは「ムカつく」になっていることもあるのです。
ポイント・オブ・ヴューとは?台本を使って解説
眼鏡 僕も、かう見えて、人一倍、物事を考へるたちなんです。僕は俳優です、まあ名前を云へば、御承知かも知れませんが、それはいひますまい、僕は俳優なんです。新劇の方では、相当認められてゐる俳優なんです。八歳の時に両親を失くして、伯父にあたる――これも名前を云へば御承知かも知れませんが、まあ、云はずに置きませう――その伯父の家に引取られたのですが、そこに、一人、娘がありましてね。
岸田國士「命を弄ぶ男ふたり」より引用
こちらは青空文庫で無料で読めますので、よかったら読んでみてください。30分くらいで読み切れる名作短編です。簡単に説明すると、自殺を考えている男二人が出会って、なんだかんだ言いながら死なずに生きる決断をするという物語です。
この眼鏡という男は娘と恋仲になっていました。しかし劇団の女優と噂がたち、叔父さんの家の娘は心労から病気になって死んでしまいます。眼鏡は娘の後を追って命を絶とうと考えます。
今回は下線をつけておきました。
そしてそれぞれにポイント・オブ・ヴューを設定してみます。
・新劇:苦しみ、憎しみ
・八歳の時に両親を失くし:悲しみ、恐怖
・伯父:悲しみ、罪悪感
・伯父の家:悲しみ、罪悪感
・娘:悲しみ、罪悪感
試しに自分が眼鏡を演じるとして、抜き出したポイント・オブ・ヴューを持っているとして、もう一度セリフを読んでみてください。
いかがでしょう?
ポイント・オブ・ヴューを設定して読んでみると、眼鏡というキャラクターとそれぞれの関係性が自分の感覚として理解しやすいかと思います。
今度は別のポイント・オブ・ヴューを設定してみましょう。
・新劇:華々しい
・八歳の時に両親を失くし:悲しみ、恐怖
・伯父:尊敬、
・伯父の家:安心感
・娘:かわいい、愛しい
別のポイント・オブ・ヴューを設定してからシーンを読むと、眼鏡と「人・もの・場所・出来事」との関係性が全く別のものになるのがわかると思います。
まとめ
今回はポイント・オブ・ヴューについて解説させていただきました。
台本をもらったら「人、もの、場所、出来事」にとりあえず線を引いておきましょう。
そうすれば設定し忘れを防ぐことが出来ます。
ポイント・オブ・ヴューは登場人物を理解する上で大事な要素になりますが、それ以上に俳優としての個性に直結する考え方になります。
最後に、ある作家のエピソードを紹介しますね。
ある時、若い作家がフランスの有名な小説家ギュスターヴ・フローベールに尋ねました「どうしたら独創的にになれますか?」
フローベールはちょっと考えて答えました「散歩をして気に入った石を拾いなさい。それを家の中に持ってきて、机の上に置いておきなさい。毎日その石を1、2分見つめなさい。どうなると思う?ある日、この地球上で誰も見たことのない何かを、君は石の中に見ることになるだろう。そして、それが君の個性になるんだよ」